腹膜播種とは

腹膜播種とは

人間の腹部には、「腹膜」という一層の細胞層で包まれた大きな内腔(「腹腔」といいます)があり、この中に胃、小腸、大腸、肝臓、胆嚢などの消化器官や卵管、子宮などの女性器が存在しています。これらの臓器にはがんが比較的多く見られますが、がんは臓器の内側にある粘膜から発生します。しかし、がんが成長して内側の粘膜から外側の表面(「漿膜」といいます)まで進出してくると、表面からはがれた癌細胞がフリースペースである腹腔の中に散らばって腹膜上に転移巣を作ってしまいます。この病態は、ちょうど「腹膜」という畑に「がん」の種を撒くような現象であることから、「腹膜播種」という言葉で表現されています。腹膜播種という言葉は一般にはあまりなじみのないものですが、胃癌や卵巣癌で亡くなられる方の半数近くが「腹膜播種」に伴う症状に苦しむとされ、決して珍しい病気ではありません。

さて、癌細胞1個の大きさは0.01mm程度しかありませんので、はじめのうちは癌細胞が 腹腔内にこぼれ落ちていても目に見えません。しかし、手術で腹腔内に生理食塩水を注入し、しばらくして液体を回収して顕微鏡で観察すると、癌細胞が見えることがあります。この状態を洗浄細胞診陽性(顕微鏡的腹膜播種)といいます。しかし、この初期の播種段階では症状がなく、超音波検査やCT検査を行っても見つけることはできません。一方、これらの散らばった癌細胞が腹膜に付着して、細胞分裂を繰り返し目に見える大きさの塊になったものを「肉眼的腹膜播種」といい、腹部膨満感、便秘、腹痛、吐き気、嘔吐などの自覚症状が出てきて、超音波検査やCT検査でも異常所見が見つかるようになります。さらに進行すると、小腸や大腸の通りが悪くなったり(腸閉塞)、胆管が狭くなって黄疸が出たり、尿管が狭くなって水腎症をきたしたり、大量の腹水がたまってきたりして、治療に難渋する「癌性腹膜炎」という予後不良の病態になります。

いずれにせよ、腹膜播種は洗浄細胞診陽性も含めて、手術だけではがんを完全に取りきれなくなっていることを意味しています。しかし、同じ腹膜播種でも原発がんの種類によって、その性格や予後がずいぶん違っています。例えば、スキルス胃癌や膵癌などの腹膜播種は、腹膜表面に線維化の強い微小病変が無数に出来、早期から狭窄症状を呈してきます。一般に、進行が早く、抗癌剤治療にも抵抗性が強いため、予後不良の疾患です。これに対して、卵巣癌は一般的に比較的大きな結節が散在性に見られることが多く、切除や抗癌剤治療に対する反応性もよく、年単位での予後が得られています。したがって、洗浄細胞診陽性(顕微鏡的腹膜播種)は、胃癌では肺転移や肝転移と同様に第4期(ステージIV)として取り扱われますが、卵巣癌や大腸癌ではそれだけでステージIVに分類されてはいません。

腹膜播種の治療

腹膜播種は手術だけで直すことはできません。また、放射線治療も腹部全体に適応することは難しく、治療の主体は抗癌剤による化学療法になります。抗癌剤については、大きく分けて飲み薬と末梢静脈から点滴で投与する注射薬があります。最近、注射薬を直接お腹の中に注入する腹腔内化学療法も臨床試験として試みられ、良好な成績が得られてきています。近年、化学療法の領域では著しい進歩が見られ、分子標的薬を含めた新しい抗癌剤が次々に開発され、腹膜播種にも適応されてきています。抗癌剤治療の第一の目標は延命効果ですが、腹膜播種に伴う様々な症状に対する緩和治療も重要です。消化管が詰まって起こる腸閉塞に対しては、食事を食べられるようにするバイパス手術もよく行われていましたが、近年、内視鏡的に内腔を広げるステント留置術も積極的に行われるようになってきました。このステントは、胆管狭窄や尿管狭窄にも応用されてきています。大量腹水がある患者さんに対して腹水穿刺排液(腹部に針を刺して腹水を抜くこと)による症状緩和が得られることも多く、最近CART(腹水濾過濃縮再静注法)という方法で、大量腹水から体に有用な成分だけを抽出して再投与する方法も行われてきています。